カメラマンになるには17|ホテルでの生活が私の写真家としての原点

ブルックセルホテルは青春の原点

⭐️このホテルは今は存在しないのですが、私にとっては忘れることのできない原点となりました。ここでの生活がなかったら写真家としての考え方やイタリアに対する考え方が間違いなく違ったものになったでしょう。それほど私の人生の中では大きな位置を占めています。

初めてミラノに入った時、おかしな話ですが、夕ご飯はどうやって食べればいいのかな、、というようなことをマジで心配していました。新しい土地で知り合いも友人もいるわけでもなく、言葉も分からず不安ばかりの毎日だったのです。

しかし、このホテルに入った途端私の心配は全て払拭されたのです。

ホテルはミラノの象徴のスフォルツェスコ城の目の前、立地条件は最高でした。歴史を感じさせる重厚な外観、安宿にしては雰囲気は最高でした。一階のロビーに入ってみると素晴らしいロビーがありました。どこを見てもイタリアって感じです。ここは我らお金のない連中に特別な料金がありました。一週間ごとの割引料金です。

⭐️部屋はテレビもないお粗末な作りでしたが予想通りという感じでしょうか当時の私には十分でした。それよりも友達のいないその寂しさを強烈に感じていました。ニューヨークではほとんど毎日友人と夕食を共にしていました。一人でいることの辛さをこれほど感じたことはありませんでした。

でも夕方にはその環境は一転したのです。夕方に夕食でも食べに行こうかとロビーに降りてみるとそこにはたくさんの男女がいました。そのほとんどはいかにもモデルの卵といった感じの男女でした。何気なく近くに座ると自然と連中たちと話し始めたのです。男のモデルたちはアメリカ人が多かったのですが、女性の方はアメリカ人半分にヨーロッパのあらゆる国から来ているという感じでしょうか。

⭐️モデルのほかにも若干メイクアップアーチストやカメラマンもいました。

みんな同じ目的で来ているのです。みんな tear sheet(雑誌の印刷物)が欲しくてやってきているのです。

みんなの目標は tear sheet

⭐️そうなんです!みんな世界中から同じ目的で来ているのです。イタリアの雑誌はとてもクオリティが高いことで知られています。特に写真のレベルが高いことで知られています。ここで自分が載った tear sheet を手に入れることができればモデルたちにとっては大きな成果です。我々カメラマンにとってもいい tear sheet をニューヨークに持って帰ることができればアメリカで大きな仕事が期待できるかもしれません。みんなその戦いに来ているのです。

ロビーではみんなその日の出来事を話し合っています。どんな仕事をしたとか、どういうところに売り込みに行ったとか、話はつきません。自然とみんなで夕食を食べに出て行くことになったのです。

一人で寂しく食べに行かなくてはならないかと思っていたのがその正反対です。十人ほどのグループで近くのレストランに押しかけました。みんな安いところを知ってるんですね。大賑わいのディナーとなりました。

この第1日目から私はたくさんの仲間に出会いました。みんな同じ目的でやってきている連中です。情報収集もみんなに聞けばいろいろと教えてくれました。雑誌会社の場所や誰にあったらいいかとか、この人間には絶対にあったほうがいいとか、どこにスーパーがあるのか、とか全ての情報があっという間に手に入ったのです。

このDAIY1から私は一人でいることがなくなりました。どれほど寂しいことになるのかと心配していたのですが、それからの数ヶ月これほど楽しい毎日になるとは想像だにしませんでした。

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