カメラマンになるには4|アメリカ大陸再度横断・ニューヨーク目指す

とんぼ返りでニューヨークを目指す!

計画を練る!

🌴サンタモニカのピア(桟橋)で人生の大転換を決心した私ですが、そこはアメリカ。そう簡単に方向転換ができるわけではありません。ビザも必要になります。計画を練る必要がありました。

写真の方に行くと言ってもどうするか、、。真剣に考えました。これからアートセンターに入学して卒業するには4年の歳月と多額の費用がかかります。これは自分には不可能だと判断した私は、ニューヨークに帰って現場で学べないものかと思ったわけです。

ビザも当面必要なのでニューヨークのPrattという大学の大学院に願書を送りました。Prattは芸術関係ではニューヨークでは大変に有名な大学です。大学院なので急げば1〜2年で卒業できます。在学中から現場を覗けるのではないかとも思ったわけです。

夏が近づいてきたある日私の元にPrattからの入学OKの通知が届きました。OKの通知が届いたと同時に私は一夜で荷物を片付け、全てを愛車のビートルに詰め込み早朝にロスを離れたわけです。

災難また災難!でも人の優しさに遭遇した

🌴半年前に5000キロを走破し、また今度はニューヨークに向かっての大旅行です。ただ私のポンコツ車にはだいぶ重荷だったことは確かです。

テキサス州のアマリロという街の郊外でエンジンのファンベルトが緩んでしまい、一大事! 荒野のど真中だったので最寄りのガソリンスタンドまで走ったのが運の尽きでした。エンジンが全て丸焦げに!

万策尽きた私は日本の親に面倒になる始末。車を修理するのに最低一週間は滞在を余儀なくされたのです。お金のなかった私だったのですが、荒野のど真ん中のガソリンスタンドの老夫婦に世話を見てもらうはめに。私に寝るところと食事を与えてくれたのです。

あの時のみんなの優しさは今でも忘れることができません。旅立ちの時には彼らにニューヨークまでのお金も借りる始末。何のためらいも見せずに私にお金を貸してくれた彼らにはどんなにお礼を言っても言い尽くせません。

この国の本質を見た!

🇺🇸私はそのあと車で寝泊まりを繰り返し、スーパーで缶詰を買い、かろうじてニューヨークにたどり着くことができました。これ以上ないような貧乏旅行でしたが、私にとってはアメリカという国を理解する上でとても有意義だったことは間違いありません。

おそらくこの旅で車が故障しなければ経験しなかったであろう様々な事柄がその後の私の人生に多大な影響を及ぼすとは、その時には想像すらしませんでした。

いよいよ憧れのニューヨークで写真の世界に入っていくのです。私の気持ちは高鳴るばかりでした。

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